すももさん
1)Internship、そのアメリカ的なるもの
2)「フレンドリー」なアメリカ人
3)アメリカ人って、誰のことを言うんでしょうか?
4)海外独り暮らし
5)J1の日本人
6)米的三種の神器
7)You know youユve been in Japan
too long when...(日本に居すぎたことを実感するとき)
8)道路、それはハイウェイなのである
9)Classes; 教育と階層
10)日本の、日本人による日本人のための日本
1)Internship、そのアメリカ的なるもの
誰が発明したのか知らないが、インターンシップというのはすごいシステムだと思う。まだ職歴を持たない大学生が、インターン先で雇用されるための糸口として、または就職につながる職歴を持つという目的のもとにタダ働きする?それがアメリカ流「インターンシップ」の定義だ。個人的には。私は最初のインターン先で、非常に労働集約産業的なデータ入力をしていたので、オーナーがいわば仕入れがタダのサイドビジネスを持っていることをしみじみ痛感する時間があった。もちろんお試しで働くことによるメリットは会社・学生双方にあるけれど、バイト料も払わずに高学歴・名門校出身の学生を使えるなんて、無料の労働力としては使い勝手がいいを通り越して策略すら感じる。インターン仲間と感心しきり、アメリカで起業が盛んなのはこの制度のお陰なのでないかと考えたくらいである。うーむすごい。
もちろん大企業でのインターンは資格要件が厳しいし、学生を使ったマーケティング効果などを考えたいわゆる「インターンシップ」が展開されているのだろうが、当然院卒者やMBAがひしめき合う中でポジション争いをすることになる。そういう意味では日本よりずっと学歴・資格と経験がものを言う社会だ。まず人生最初の借金をして大学に進学し、院に進み、夏休みは(多くは無給の)インターンで経験を積む・・・というのが一般的な学生の姿のよう。そんなわけで、インターン関連で出会う学生や院卒者の多くが20代前半から後半、各地からインターンのために企業に集まってきている若者だ。
私も渡米以来2回引っ越したが、2、3ヶ月おきに環境を変えるのは結構大変である。瞬発力、というのか、インターン先を探してインタビューを受け、受け入れ先との段取りをしつつ1,2週間で住みたい場所に手ごろなルームメイトを探し当て、移動手段を確保しつつ荷造りし、やっとできた友達に別れを告げ、引っ越したあとは至急スーパーと駅やバス停を探し当てながら、また新しい知り合いを探すノ。ということを20歳前後から行っているのである。タフにもなろうというものだ。友人の怪しげな解説によれば、アメリカ人の80%は片田舎の生まれた町にずっと住み、そこで大学に進み、就職してそのまま一生を終えるらしいが、一方で、スーツケース1つで職を求めて転戦する姿はたくましい。日本のリクルートスーツでの一斉面接が、駅で急行待ちをしている団体旅行者のようなものだとすれば、まだ手に入れていないキャリアを探し当てる西部開拓者のイメージかもしれない。次はニューヨークに行くノ「Hopefully,
they will hire me - 彼らが雇ってくれるといいんだけどね!」と言った彼女もまだ20歳そこそこ、この国の広さ、物理的にも広いけれども、社会や精神構造にもフロンティアはまだ残っているのかもしれないなどと思ってしまったくらい、ちょっと印象的な言葉だった。
アメリカに来たからといって何が変わるわけではない、結局日本の生活の延長にあるに過ぎないんだからと言った人が居たが、その気持ちは本当によくわかる。変化するのは自分であって、どこに住んで何をしようと生活習慣や人間関係の作り方といった個性はあからさまに出るものだ。でも否応なしに判断やリアクションを迫られる環境にあって、その変化を楽しめるなら、海外生活は何かを変えるいいきっかけではある。制度としては、ワーキングホリデーよりもオフィス志向であるJ1でのインターンシップは、旅行者よりもちょっと異なる世界を垣間見ることができるかもしれない。この後どうするの?と聞かれたときに(会う人ごとに聞かれるのです、これが)「次に何が起こるかはわからないけど、とりあえずはここでしばらく学ぶよ」と答えるとき、先の見えない不安よりも何かのロールプレイングゲームをしている気分になれるような。
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2)「フレンドリー」なアメリカ人
アメリカ人について書くというのは、けっこう荷の重いお題で、なんせ自分もわずか半年しか住んでいないのにおこがましさ満載ではありますが。
運が良かったのか私がおめでたいだけなのか、個人的には出会ったアメリカ人及び在米外国人(おそらくこちらの方が多い)は親切な良識人が多かった。いわゆるカルチャーショックのようなものを受けた記憶はなく、文化を問わず一緒なのねという価値観や感覚の方が印象深い。むしろわが身を振り返り、これからは人をみたら親切をしようと思ったくらいであるが、あえて言うなら、やはり個人主義だということと、そこから来るのか非常にdefensive(防御的)という印象を受けることが多いように思う。
渡米するとき、最も悩ましかったのは父の「アメリカ人に弱みを見せるな」ノという、送る言葉にしては味わい深い格言だったのだが、言葉の真意はどうあれ、これはこの国で人々の基本動作の一部になっているような気がする。
「For some reason, - 何故かはわからないけど」というのは私のお気に入りフレーズで、これを聞くと思わず突っ込みを入れたくなるのであるが、アメリカ人が言い訳するときに良く使う。この後に、「ノ壊れちゃって」「ノ忙しくって」などが続き、実に言い訳感たっぷりの言い訳である。誰も責めていないときに言い訳がましいのは事態を悪化させるだけなのではないかと思うのだが、とりあえず非を認めないのが重要だと見え、こういうときは非常にdefensiveな感じである。個人的には、そもそも忙しいこと自体も言い訳にならないと思うのだが・・・
転居することが多いせいか、孤独な人も多い。人生のステージを越えて友人を保ち続けるのは難しいらしく、家族や親戚も近くに居ない一人暮らしの中高年の人も多い。日本であれば会社づきあいや近所の友達といったコミュニティが幾重にもあるが、こちらは家族が基本単位で、教会等を除くとコミュニティが成立しにくい印象。自分で自分の立場を守る、という意識が強いから常に予防線を張る癖がついているのかもしれない。
アメリカ人が、一見フレンドリーだけど非常に表面的だというのは外国人がみな言うところであるが、それも本来は防御的な発想である気がする。例えば荒野に一人で住んでいるところに見知らぬ他人がやってきたら、とりあえず敵か見方を見極め、攻撃の意思がないことを示すために感じよく声をかけるではないか。逆に過密な都市では、国を問わず人々の態度は一緒?東京は言うに及ばず、NYでもロンドンでもアンカラだって他人には無関心だ。皆他人に視線を合わせないようにすることで、防御的に振舞うのだという説を信じている私は、フレンドリーさというのは、アメリカ流の防御と協力ということのように思う。もちろん、これだけ多くの人種が雑多にコミュニティを作っているなかで、相互に平和に暮らすためにはそれ以外ないし、また大抵の人が相手を侵害しないという意識を持っているのは驚くべきことだという上で。
そんなわけで目下のところ、どの程度Defensiveになるべきかが私の中でちょっとしたテーマではある。「一見フレンドリー」はマスターしたつもりでいるが、当地流が必ずしもベストだとは思わないし、ちょっと厄介なことには、アメリカにいるからアメリカ流にするということが必ずしもアメリカで受け入れられるわけでもない。外国人/日本人であることをフルに活かすっていうのはかなり高等なスキルなんじゃないだろうか。
日本では常に所属している感覚があったが、アメリカではそれが希薄である。というより、今のところはっきり言えば全くない。自分が所属しているのは自分だけで、例えば引越し時に事故があっても、おそらく何日もの間、誰も気づかず何もできないだろう。それが外国人であるからか、アメリカ人にとってもそうなのか、まだちょっとわからないが、かなりユニークな社会のような気がして、まだまだ興味が尽きそうにない。
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3)アメリカ人って、誰のことを言うんでしょうか?
ふと浮かんだ疑問であるが、それというのも初めて会った人に「移民を考えてるの?」と聞かれたからである。「今後どうするの?」「アメリカで就職したいの?」「ずっとアメリカに住みたいの?」というのが自己統計によれば3大頻出クエスチョンであるが、さすがにこれを聞かれたことはなかったため、うろたえて「ノい、今はない(というより、考えたことがない)」と答えてしまった。ずっとアメリカに住む=永住権の取得を意味するのであれば、移民と同じことであるはずなのに何故うろたえたのかと考えたとき、自分が市民権と混同していることに気がついた。でも、永住することと市民になることはそもそも何が違うのだろう、ノということで調べてみました。
アメリカ永住権、通称グリーンカード:永住ビザ 、移民ビザとも言い、米国への出入国に制限がなく、職業の選択も自由で、滞在期間の制限もない。更に5年間納税等の基本的な義務を果たせば、市民権を申請することができる。
市民権:大きな差異は、参政権の有ることと、アメリカ国籍となること。永住権を取得した日本人でも市民権申請をしない人がいるが、これは日本では二重国籍を認めておらず、米国など海外の国籍(=
市民権) を取得すると、日本の市民権を失うからである。
ということのようだが、なるほど。市民権と混同していた私には「移民=日本人やめてアメリカ人になりますか?」という質問に聞こえたのかもしれない。どちらかというと二重国籍を許す国があることに驚く私は、やはり日本人である。
加えて米国は生地主義を取っているため、外国人の子供が米国で出生した場合、両親の国籍に関わらず生まれてきた子供は米国籍を取得することができる。つまり日本側の制約でいずれかの国籍を選択する必要が生じるわけだが、そう思うとアメリカとは不思議な国である。「アメリカ人」という人はどこにも居ないのに、誰でもアメリカ人になる可能性があるのだ。まるで誰もアメリカ人ではないが、誰もがアメリカ人であるみたいに。
一般的に国民を規定する「人種」も「母語」も「文化」ですらここでは混在している。そんなわけで人に、どこから来たの?と聞くと大変である。国籍を気にする意識が希薄な気がするので、私でさえ前に居た土地を答えるべきか迷うときがあるが、「5年前にシンガポールから来たJoanna(見かけは中国系だが中国名を持っているのかは不明)」などというのはわかりやすい方だ。「名前はアイリッシュだけどフランスのクウォーターでもある生粋のアメリカ人」と日本語で話したり、「スペイン語が母語のアメリカ人でもある人」と仕事をしたり、「シカゴ出身の韓国語を学びたい韓国系アメリカ人」に英語を教えてもらったり。アフリカ大陸と中東など他の地域出身者は、私にはまだ複雑すぎるのでちょっと置いておくとしても、あまり混ざりすぎているともはや「ハワイ人のアジア人」としか形容できなくなっていたりする。外見でも話す言葉でも判断できないとしたら、本人の意識、というかもはや自己申告の世界である。以前、華僑のインドネシア人が、どちらかというと自分を中国人だと思うと言って印象深かったことがあるが、きっと国によって、文化によって、人によっても何を基準にするかは異なるのに違いない。
「イブと七人の娘たち」という本が話題になったことがあったが、それによると現在の人類の母方の祖先を、ミトコンドリアDNAなるものでたどっていくと、たった7人の女性にさかのぼる事ができるそうである。もっと言うとたった一人のアフリカ女性「ミトコンドリア・イブ」にまで遡れるということだが、その学説によれば、アジア人や白人は何十万年も前にアフリカ人から分化して独自の発展を遂げてきたそうだ。確かに肌の色と言った「皮」の部分だけではなく、体温まで異なる人々を見ていると、ああ本当に種族が違うなぁと奇妙に感心することはある。ニューヨークに行って、あまりの寒さにここは白人の町だと痛感したりもする。文明がなかったら、アジア人の私はここには存在し得なかったなと。
何十万年も前に別れたイブの子供たちが、そんな風に世界中からなぜか再び集まってくる場所、なんて空想をしてみると、ここからどんな人種が生まれてくるのか、ちょっと興味深いような気がする。しかもここは、誰もが自ら選んで集まることができる場所なのだ。
さてアメリカ人自体は自分自身をどう定義しているのだろうか?ちょっと今度聞いてみたいところである。が、どんなバックグラウンドを持つ人に聞くかによって違いそうで、これまた難しいのかもノ。暇をもてあまし気味の午後、ちょっとそんな空想をしてみました。
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4)海外独り暮らし
初めて一人で海外暮らしをしてみて、うまくなじんで暮らしていくにはちょっとしたコツがあるのかもしれないと思った。海外暮らしと言っても、もちろんどんな国に住むのか、目的は何なのか、誰と住むのか、一人なのか、等々で条件はずいぶん異なる。または自主的に行くのか、誰かの都合で行くのかというのも精神的に大きく違うと思うが、とりあえず自分の意思という前提で。ここで「うまく」というのはストレスをためずに楽しく暮らす、ということだ。
特に神経質でも寂しがりやでもないはずなのだが、知りあいのいない未知の土地に短期間で引越しを繰り返していると、普段は意識しないストレス度合いを実感できるようになった。いわゆるフラストレーションとか不満といった意味ではなく、よく医学とか心理学とかで聞く「刺激」を受けていることが自分でわかることがある、という意味で。
私の場合、朝1時間以上早く目が覚めると、「あ、覚醒モードだ」と思うのだが、バイオリズムが崩れるらしく、引越し後2週間くらいは非常に朝型人間になる。反対に夜は眠くて仕方がないのですぐ寝てしまう。って、よく考えると引っ越すたびに時間帯が変わっているから、ただの時差ぼけなんだろうか。
もっと長いスパンでいくと、アメリカに来てから3ヶ月したころ、常に熱っぽいようなだるさが続いたことがあった。これは周囲の何人かも同じ経験をしていたが、「英語のしゃべりすぎで脳が疲れている」という都合の良い解釈に落ち着いた(今考えると、そんなにしゃべっていたとも思えないのだが)。一番始末に終えないのは食欲で、はじめの数ヶ月つねに何かを食べていないと気がすまないという状態に陥り、5キロ太ったまま今に至っている。今は絶対に倒れたくないと思ったのも体が欲していたのも事実であるが、はたまた親切な皆様のフォローの言葉どおり「アメリカの食事」の恐ろしさもあるだろうが、大きなツケである。山と送られてきた、着られない夏服を持って引っ越すむなしさノ、とても私らしい。
などという誤算はあったが、結局は「あまり気にしない」のが一番なんじゃないだろうか。眠いときには寝る、食べたければ食べる、したいことはするし嫌なことは極力避ける。人に気を使い過ぎない、人の助けはあっさり受ける、できない自分も気にしない。楽しくやりましょう。ノ適当すぎる結論だろうか?ただし、カロリーだけは要チェックです。
特に何をするにも時間がかかり効率的に動けない、子供になったような気になるとき、「自分を許す」ということは意外と重要なことではないだろうか。完璧主義を通そうとすると結構ストレスがたまるのだ。そんなわけで、だって外国人なんだから。と私も時々自分に言い聞かせている。
「国際的に活躍する条件」として「英語がしゃべれること、旅をいとわないこと、知らない人、ものを見るのがすきなこと、社交性があること、適応力があること、好奇心のあること」というのを見たことがある。坂本龍一さんの本の抜粋だったと思うのだが、これは海外で暮らすための条件としてもそのまま使える。むしろもう少し積極的な「楽しく」暮らすための能力に入るだろうか。
いずれにしても、「独り」で勝負のできる人。今居る場所からひょいとつまみ上げられて、世界のどこかにぽとりと落とされてもそこに根付いて生きていける人。まぁちょっと必然性にはかける例だけれど、それが私の思う国際性である。個人的には、独りでなんでもできるとはもちろん全く思っていないが、一人でどこかに行って、助けてくれる人を探してなんとかするという方法はあるのかもしれないと思う今日この頃。仕事と同じかも知れない。せっかくわざわざ海外に住んでいるのだから、得るものが何倍も違うはずのこれらの能力を、スキルだと思って身につけるのもいいのではないだろうか。
もちろん、楽しめる範囲で。
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5)J1の日本人
J1(Trainee/職業訓練)ビザというのは、日本人の平均的な人生ステージの視点から見ると、非常に微妙なビザである。
学びを目的とした労働という意味では、H1-Bなどの就労ビザ、F1といった学生ビザの中間にあるようなイメージかもしれない。インターンシップを通してその仕事を学ぶ、特に今までしていた仕事を英語・海外という環境で行うことによりスキルアップを図る、またはキャリアチェンジのきっかけとして経験を積むといったところが主な目的だ。が、H1と違い、収入を目的とした「労働」はできず、F1のように修了したときに何かの資格や卒業証明が得られるわけでもない。得られるものは「経験」のみ、それもカリキュラムがあるわけではないので、成果の予測を立てることは難しい。これは元々が職歴のない大学生向けである「インターンシップ」制度の性質と言える。実際、30歳前後の大学生が多くいるドイツ出身者などを除けば、インターン生は大概20代前半である。
にもかかわらず、J1でインターンをしている日本人の多くは20代後半の女性である。人のことは言えないが、それも典型的に「30歳を前に」という留学雑誌のキャッチコピーが目に浮かぶようなプロフィールで、それなりの学歴と職歴と消化しきれない自立心とが共通項かもしれない。そして寄り道好きながら、意外にキャリア志向である。一言で言うと物好きかもしれない。語学力の問題、それをカバーするだけの社会経験や就労経験があることを条件として考えると、必然的に高年齢化してしまうし、もちろん数年働いた後、キャリアを考え直す、またはふと何か新しいことを学んで見たくなる時期に実際に「跳ぶ」のは女性の方が多いということはある。かくして制度の目指すところと微妙にずれた(?)利用者層が形成されているようである。
そのせいかどうか、このビザはアメリカ就労/永住を目的とした人々が、とりあえずの入国手段として利用する、?典型的には就職、結婚の意図などの疑いを呼ぶようで、アメリカ大使館からのビザ発給はここの所とても厳しい。そして市井の人々は無邪気にそれらを勧めてくれる。時に迷惑な話であるが、確かに事実もあるのだろうし、それだけ人を引き付けている国ならではと言うことだろうか。
そんな微妙な立場のJ1ビザホルダーたちは、なかなかユニークな人が多い。私などは一時自分があまりにも没個性なのではないかと思ったくらいだが、バックグラウンドやキャラクターは様々でも、みな一家言あるマイペースな人ばかりである。名のある大企業を辞めてきた人、恋人を置いてきた人、「企業戦士」生活から40歳近くになってアメリカンドリームを見つけに来た人、インターン先でビジネスを始めようとする人、突然日本に帰ってしまう人、インターン先を自分で開拓する人、大学院に進む人、就職先を見つける人ノいずれにしても、何かに行き詰まりを感じて?何か全く違ったものを得たくて?ノキャリアパスどころか半年先もわからない生活をしているからか、みなそれぞれにDynamicだ。日本社会の目に見えない「圧力」を感じていた人もいる。これはなかなか興味深いテーマだが、そういうものにあまりそぐわない印象の人が多いかもしれない。できることなら、それぞれの「その後」を追いたいくらいである。
それだけ不安定な要素の強いステータスであるが、それゆえに興味深い人と経験に出会える可能性はある。履歴書的な経験ではないかもしれないが、今後の方向性を決める上で重要なきっかけを与えてくれる。ということで本ビザご利用推奨年齢は26-27歳位です。
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6)米的三種の神器
3Cの後に来るもの、それはDomestic central heating(家内セントラルヒーティング)、
Dryer(乾燥機)、Dish washer(食器洗い機)の3Dである。
アジア人水準としてもかなり寒がりの私には、冬の寒さがひときわ身に沁みる。長年木造住宅に住んでいたため、凍える朝のせいで(?)いつも遅刻すれすれの日々を送っていたけれど、マンションに住んでみてそうではない朝もあると気づいたときの驚き!鉄筋のせいか2階だったせいか、あの冷え切った床にも空気にも悩まされることがなくなったことは、かなり毎日を明るくしたものである。が、セントラルヒーティングはそもそも寒くならないのだ!東部の家に二重窓と共に標準装備のこの機械は意外に巨大で、ボイラーという言葉に似つかわしい。家の奥深くベースメントや壁の中に収まって、そこから各部屋にあるダクトに温風が送られるという仕組みである。とにかく、家のどこに居ても寒くないというのはかなり幸せだ。欠点があるとすると、部屋ごとに温度設定を変えられないように見えることと、やたらと乾燥することくらいだろうか。
もちろん日本でも、同じ延べ床面積を都心で水平に利用できる財力の持ち主や、乾燥と無縁の床暖房を取り入れている家もあるわけだが、とりあえず「標準」を考えるなら、それなりにみなさん冬は寒い思いをしているはずである。ということで、私の目からうろこが落ちたものを一つ挙げるなら、この「家ごと暖房」システムを選びたい。そもそも公共の建物でもないのに、大胆な発想である。暖房費が気になるところではあるけれど。
乾燥機、これまたどこの家にも標準装備である。冷蔵庫並みの横幅を持ち、大概heavy dutyを掲げた洗濯機の横に並んでいる。洗い-すすぎが終わったら、ちょっと洗濯物を伸ばしながら隣の乾燥機に投げ込んでおけば洗濯終了。洗濯カゴに詰め込んで2階のベランダまで持って行き、物干し竿を拭いてから、あまり外から見えないように洗濯ばさみとワイヤーハンガーでつるして留めて、はたはたと叩いて伸ばして形を整え、梅雨は雨が降らないか気にしつつ、夏は日に灼けて生地が傷まないよう早めに家に帰り、1つ1つ取り込む必要なんて無いのである。なんて楽なんだ!!!ちなみに振り返るとアイロン台が置いてあり、そのままアイロンも済ませられたりする。こうなるともうランドリールームの趣である。いちいちアイロン台を出してみたり、階段を上ってベランダまで行くといった日本の家の動線の長さと複雑さは、家の広さではなく、狭さに由来しているというのはちょっとした発見かもしれない。
食器洗い機。これはとてもアメリカ的な気がする、謎の家電である。そもそもどれだけの人が実際に使っているのだろう。日本の食器のようにバラエティに富んだ形のものはあまりきれいに洗えないとか、水道代が節約できるといった話を聞くが、いまいちよくわからない。ちなみに水道代が安いといった人は、使った食器を軽く下洗いしてから食器洗い機に溜めておき、週に一回まとめて洗っていた。2度洗っている時点でコストメリットは微妙だが、あまり片付けたくないときに仮置きしておけるというメリットがあるのかなノ。そういえば遠い記憶を辿ると、アルバイト先の飲食店の業務用の食器洗い機でさえ下洗いは必要であった。
ちなみにこれ、アジア系の人はあまり使っていないような気がする。シンクの下にある洗い機の中に、腰をかがめて食器を置くのは意外に面倒だし、水きりラックにおいて置けばそのまままた使えるノなどというルーズなメリットもあるし。どうも自分で洗ったほうが早そうだと言う結論に、皆さん達しているのでしょう。
しかしこうしてみると、どれも余分なスペースを必要とするものばかりである。よく考えれば日本の3C(カラーテレビ、クーラー、自家用車)以降の神器たちは、「パソコン」「携帯電話」「カーナビ」「デジタルカメラ」、「薄型テレビ」、「DVDレコーダー」などなどノどれをとっても小型でかしこい機械ばかり。
残念ながら、日本に3Dの時代が来るかどうかはいくぶん不透明のようですノ。
注)Domestic central heating、3Dは一般用語ではありませんのであしからず。
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7)You know youユve been
in Japan too long when...(日本に居すぎたことを実感するとき...)
起源はわからないのだが、日本に長く住んでいる外国人が外国人の目から見た「おもしろ日本」を箇条書きにした文章。90年代ごろから様々な人が付け加えたり引用したりして脈々と語り継がれており、ちょっとした文化論と化している。Googleで検索するといろいろなサイトで実に720件のヒット。内容はこんな感じである。
...you ask a gaijin colleague who wears short sleeves
in October, "Aren't you cold?"
(10月に半袖シャツを着ているガイジンの同僚に「寒くないの?」と聞く。)
...you get a "Nihongo ga joozu" and feel really insulted.
(「日本語上手ですね」なんて言われるとホント失敬だと思う。)
などと言うベーシックなものから、
...you no longer pay any attention to what anyone
does when you sit down beside them on a train.
(もはや電車で隣に座った人が何をしようと全く気にしない。)
....you see a gaijin get on the train and
think "Wow, it's a gaijin!"
(ガイジンが電車に乗るところを見て「おお、ガイジンだ!」と思う。)
...you get into the elevator and immediately push
the "close door" button.
(エレベーターに乗るや否や、まず「閉める」ボタンを押してしまう。)
そういえば今も押しているかもと思いつつ、なるほど。日本に住んでいた知り合いもやはり自分を棚に上げ、人を見てはガイジンだと思ったようである。個人的には、ああやはりこの人はガイジンだ、などとうっかり思っては、ここでは自分がガイジンであることを思い出していることの方が多い気がするがノ。
....When in the middle of nowhere totally surrounded
by rice fields and abundant nature, you aren't surprised
to find a drink vending machine with no visible means
of a power supply.
(田んぼと有り余る自然のど真ん中で飲み物の自動販売機を見つけたとき、周りに全く電源が見当たらないことに驚かない。)
....you only have 73 transparent, plastic umbrellas
in your entrance because you have donated 27 to the
JR and various taxi companies in the past few months.
...you fully understand the concept of "cute culture."
(玄関にはたった73本の透明ビニール傘があるのは、過去数ヶ月で27本もの傘をJRと色々なタクシー会社に寄付してきたから。)
これなどは渋い。自動販売機の件に関しては、私も鳥取の田んぼで不思議に思ったことがあった。そういえば。
...you say that one of your hobbies is "doraibu."
(「ドライブ」を趣味のひとつに挙げている。)
...someone asks you your blood type (nani gata) and
you answer "Gata Gata".
(誰かに血液型(何型?)を聞かれ、「がたがた」と答える。)
そんなこという人を聞いたことが無いが、この辺はアメリカに来ると納得する。なぜなら、どちらも余り一般的な趣味/トピックではないからである。ドライブ=「運転」はあくまで手段であり、血液型別性格判断に至っては、日本在住歴のある人でさえ、「?」という感じだ。どうもかなり高度に日本的な人間分析ツールのようである。
そんな調子で書き出すときりがないので、興味のある方はぜひご一読を。私は笑いたいとき、一人密かに愛読している。ちなみに、一番のお気に入りはこれである。
...you don't think it unusual for a truck to play "It's
a Small World" when backing up.
(トラックがバックするときに「イッツ・ア・スモールワールド」を流すことを変だと思わない。)
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8)道路、それはハイウェイなのである
アメリカの道は広い。今更といっては今更なのだが、昨日ふと家の前の道は何車線分くらいなのか目算してみたところ、なんと6車線分であった。両側に路上駐車した上で4台の車がすれ違い可能な広さ。子供のサッカーくらいならできそうである。当然、この道が混んでいるところは見たことがない。
ハイウェイもたいてい片道4車線くらいはあり、無料である。ラッシュアワーはさすがに混むが、それ以外はかなり快適なスピードで走ることができるため、人々の移動手段はもっぱらこのハイウェイ中心だ。アメリカ人はハイウェイ以外、道だと思ってないんじゃないか、ハイウェイが混んでいても絶対に下道は使わないねと言った人が居たが、それでいくと下道は家にたどり着くためだけに使うものらしい。確かに当たっている気もするが、いちいち用務先が離れているのも下道を使わない理由のひとつかもしれない。
広いのは道幅だけではない。距離感覚も1キロを1マイル(=1.6キロ)に引き伸ばしたくらいの縮尺のずれがあるみたいだ。100マイルくらい離れた山に週末スキーに行ったとか、3つ隣の州に車で行ったとか、テキサスからカリフォルニアに2日かけて車で引っ越して来たなどという話は特に珍しくない。100マイルは明らかに「ご近所」レベルのようである。確かに、120キロでコンスタントに走れば2時間かからない。その昔600キロ足らずの距離である東京?神戸間を車で移動したとき、休憩込みとはいえ8時間以上かかったことを考えると、日本の混雑ぶりがわかろうというものだ。そもそも、関西まで車で移動する人自体があまりいないだろうがノ。
車社会を実感することのひとつに、道の調べ方がある。日本では当たり前のように検索サイトで出発駅から到着駅を入力し、電車での行き方を調べていた。が、こちらでは地図サイトで出発住所と到着住所を入力すると車での行き方が表示される。電車の行き方はそれぞれの地域や電車会社の交通案内サイトで別途調べているが、同じところに行くのに車の何倍も時間がかかったりする。ニューヨークとサンフランシスコ当たりは別にして、たいていの地方では車とハイウェイがないと、とてつもなく生きていくのが大変になるのである。
そんな生活に欠かせないハイウェイだが、ずっと気になっていることがある。なぜかよく落ちているのを見かけるタイヤとホイールの存在である。タイヤは(スペアかもノと思うこととし)ともかくとしても、ホイールはいったいどう説明をつければいいのか。いつも欠陥車両のタイヤが外れた事件を思い出しては悩むのだが、今のところ出所を説明できる人に会ったことがない。高速道路の落し物としてはかなり問題があるように思うのだが、どうなのだろう。タイヤが突然破裂することは結構あるなんて恐ろしいことを言う人も居て、持ち主の安否が気遣われるところである。
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9)Classes; 教育と階層
どこのコミュニティにも大方ある住民のための生涯教育の場、それがAdult Schoolである。コミュニティカレッジとはまた違うらしいが、市民講座みたいなものだろうか。料理やアートと言った趣味的なものからコンピュータ、会計学やエレクトロニクスなど、無料・有料取り混ぜて様々なコースが揃っている。最も典型的にどこにでもあるプログラムはEnglish
as a Second Language(ESL)だろうか。無料だったのでサインアップしてみた。
入校手続きは至って簡単。レベル判定テストを受け、住所と名前、収入と希望の受講日等もろもろの質問を埋めたフォームを提出すると、その場でクラスを言い渡される。予約も不要。
初日行ってみると、まず人の多さにあっけに取られた。夕方7時、来るわ来るわ、年齢幅にして20歳前後から50過ぎくらいまでの老若男女、学生、社会人、親子、友達グループ、一人ノ、数えてみたら40人を超えていた。年がばれるが、思わず小学生のころの45人学級を思い出す。しかもみな大人なので、かなりの圧迫感で先生を取り囲むように座るのである。無料で3クラスしかないから仕方ないとは言え、一体この人数で何をやろうというのかノ。
まずは数人のグループを作り、自己紹介。グループから一人ずつ発表するのだが、実にいろいろな人が居る。中国、タイ、韓国、アジア系は学生らしき人が多い。白人はヨーロッパ系の学生らしき女性がほんの少し。そして圧倒的に多いのがメキシコ人の移民だったのは、国境の町San
Diegoだったためである。ちなみに日本人は学生とともに、アメリカ人と結婚している女性も居た。太平洋艦隊の本拠地の町としては、日本人女性とNavy勤務のアメリカ人という組み合わせは珍しくないようである。出会いは六本木かなノなどと連れと邪推する。
「私はアメリカに来て以来30年間、一生懸命働いて子供を育ててきた。勉強する時間なんてなかった。でも今子供も大きくなり、時間ができたから英語を勉強するんです。」50がらみの、びっくりするほど大きな笑顔で嬉しそうに話すメキシコ女性の言葉だ。隣には息子らしき年齢の人が座っている。移民第1世代の人々が、おそらくゼロからのスタートをするというのがどういうことなのか、ふと垣間見たような気がした。
それでも一応は文法の時間と会話練習の時間とが分かれており、完了形の意味を復習した後に使える表現をグループで練習したりする。数も足りないぼろぼろのテキストを配ってくれるのは継続受講生らしきメキシコ系の学生くんたちだ。中学生で習う内容にせよ、外国人としてはそれなりに得るものはある。しばらくして行かなくなってしまったが、あの独特の雰囲気は忘れがたい。
その後、期せずしてシリコンバレーの町San Joseに移ってきたが、サンフランシスコを含むベイエリアは教育費の高さで有名のようである。プライベートの良い高校に子供を通わせると年間数万ドルという学費がかかるみたいだ。日本の有名私大の付属校などと同じイメージだろうが、それよりも高いかもしれない。確かに、スタンフォード大学が位置しupper
middle層が住むという有数の高級住宅地、Palo Alto市の高校出身の人に言わせると、いい大学に行くのが当然、高校2年の頃には周り中すでに進路が決まって居て、クラスメイトに進学先を聞くと「スタンフォード、スタンフォード、イェール、ハーバードノ」と言った具合だったそうである。ちなみに本人は州立大学であるUCバークレーに進学することになっていたようだが、「申し訳ないんだけどさ、もっといい大学行けなかったの?」と言われたとかノハイプレッシャーな環境である。その人にしても20歳で大学を卒業しているのだが、確かにここではスタンフォード大学卒業→イェール大修士などと言う華やかな経歴の持ち主は珍しくない。そんな「エリート」達は実力さえあれば、日本よりもずっと若くても報われやすい社会で、かなり高額の給料を手にすることができる。特にこのシリコンバレーなら、30歳前後でも8年程度の経験と実力があれば1,000万円台の高給を手にすることも不可能ではないとのこと。最近で言えばGoogleが憧れの事例だが、そこまで行かなくともベンチャー企業のストックオプションで大金を手にするとか、文字通りのMillionaire
の話も時々聞く。
もちろん、周囲にはもっと普通の大学の卒業生や留学生たちが居て、マイクロソフト・Googleといった大企業、今をときめくベンチャー企業の「普通」ランクの技術者たちとその日常が溢れている。不安定な職や、数回にわたるレイオフの経験も聞くし、就職自体だって甘くはない。なんというか、本当にいろいろな人々が様々な経歴でひしめき合っているのだが、当然こういった人々の方が多数派である。が、若くして作り上げられたエリートたちの経歴を見るに付け、ふと履歴書とは無縁の人々と、その学びの場の不思議な明るさとを思い出してしまうのだ。
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10)日本の、日本人による日本人のための日本
最近、私の中にある日本像のひとつには「日本の、日本人による、日本人のための日本」というキャッチコピーがついている。
日本人はアメリカに来てもみんな数年で帰っていくね、学位を取ってもこちらで就職したり、永住したりする人がほとんど居ないのはなぜ?と聞いてきたのは台湾出身の人である。そんなこと考えたこともなかったが、ビザを取るのが難しいからじゃない?と答えながら自分もいつかは「帰る」ことを疑っていないことに気がついた。そういえば、やっぱり死ぬのは日本でだよねと常々思っていたのだ。何十年も日本に住んでおいて、死ぬのはなどと飛躍しすぎなら、「老後は日本」に置き換えてもいい。
ほらね、と納得顔の彼女はかれこれ在米15年、おじさんもアメリカで博士号を取ってそのまま永住しているとのこと。そういえば同じような時期に似たような経歴を持つはずの自分の父親も日本に帰ってきているなと思い出した。
でしょう、何十年も前だったら確実に就職口はあったはずだし、グリーンカードも問題なかったはずだけど、日本人はみんな帰っていく。きっと文化的なものだよね。中国人は残るからね、ビザの発給も厳しいよ。
日本に戻ると海外留学歴の価値が高く評価されるから、とか、同じような仕事なら日本の方が高給を望める(職種によるが)から、などとそうとばかりは言い切れない理由を挙げてみつつ、確かにその傾向はあると思ったのだった。日系○○人という人より、中国系○○人の明らかに多いこと、母集団の規模の差だけではないに違いない。中国系の人々の出身と来たら、アメリカ、カナダ、台湾、香港、シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシアノそしてもちろん中国本土、と出会っただけでも結構なバラエティである。そして皆、当然のように複数の中国語と英語を話す。
この話を日本人の友達にすると、「だって日本大好きだもん」と一同に頷かれた。人によるのだろうが、日本人は日本に戻る、というのはなかなか興味深い。木の葉や木の実が熟すと木の根元に落ちるようなイメージなのだろうか?若い時期に渡米して、そのまま自然に永住を考える人が、この国にはけっこう居るように思うのだが、確かに日本人でそういった人を余り見かけない気がする。生まれ育った場所と切り離して、自分が住みたいところに住む、自分の望むライフスタイルを実現できるところに住む、もっと言うとそれを実現するために仕事やもろもろの人生設計をするという発想があまりないのかもしれない。会社の指示で転勤するのが普通なくらいなのだから。
そして日本は外国人へのビザ発給もすごく厳しい。との指摘には、確かに、増してや日本人になるのはほとんど不可能という見解で一致したのだった。なりたい人がそんなにいるのか不明ではあるが。
日本人による日本人のための日本みたいだねと話しつつ、もっというと「日本(に居る人)の」が付くのかもしれないとふと思った。一回出てしまうと、子供から大人までそれぞれのステージで「帰る」頃の年齢や所属するはずのコミュニティ、職歴もろもろのことが気になるのは事実である。求人情報の年齢制限や、履歴書的な効果を考えると「帰る」前に「留まる」判断をしてしまう可能性や、または一度こちらの生活に慣れてしまうと、日本の生活ペースに戻れなくなるかもしれない危険もある(この危険は結構大きいかもしれない)。もちろんアメリカ人が履歴書効果や年齢を考えないわけではないが、私たちほど1,2才の違いにまであるべきステータスを定義していないことは確かだ。30歳でも勉強している人も居れば、働いている人も居るし、インターンなどという人も居る(!)。この国に今更遅いという言葉はない、とは同僚の名言である。
そんなわけで「日本の、日本人による日本人のための日本」が落葉樹のイメージとともに浮かぶのであるが、日本人にとっても、外国人にとっても、もう少し出入り自由な社会であってもいいのかなと思うこのごろである。
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