KY (出身)和歌山県
1.驚いたこと
2.苦労の数々
3.成果
4.総評
5.後日談
インターンシップ参加までの道程 私は大学では西洋哲学を勉強しておりました。ご想像の通り、実際的なスキルなど全く身につけることなく素っ裸の状態で就職活動に乗り込んだわけです。院進学OR就職と進路を決めかねていた事もあり、私の就職活動は見事失敗に終わり某メーカーにてマニュアル翻訳の仕事をする事になりました。結果、2年後にその会社を辞め、もう一度自分を見つめ直し「本当の自分のやりたいこと」を掴みたい、とインターンシップに参加することを決意しました。
インターンシップの経験より私はワシントンDC郊外にありますAlexandria Symphony Orchestra
と経済情報番組制作所のInternational Investorsという2カ所でインターンを行いました。
オーケストラでは、基本的な電話応対や事務作業に加えて広報の仕事をしておりました。コンサート時にお客様に配布するプログラムブックの作成が主な任務です。
番組製作所では、関連のカンファレンス等に出席し、収集した情報をまとめ、番組内で使用するスライドを作るというリサーチの仕事をしていました。
<驚き!?> 日本文化とは全く異なる文化をもつアメリカでは、当然ビジネス文化も異なります。すべて私の体験に基づく範囲でのお話ですが、まず驚かされたのが上司のことをファーストネームで呼ぶ事。必ず敬称で呼ぶ日本ではとても考えられない事です。これは簡単な事ですが始めはやはり困惑しました。
次に、職場でもレディーファーストが徹底されている事。例えば、エレベーターの乗り降りなど、日本では性に関わらず目上の人が先というのが基本です。けれどもアメリカでは立場の上下に関わらず女性が先なのです。ここでもレディーファーストが徹底されているのです。
また、会議やカンファレンス等に出席する時などは、上司はいつも私の事を自分たちの「仲間」として丁寧に紹介してくれます。重要な決定事項などについても「あなたはどう思う?」とインターンの私の意見も参考にしてくれます。そういう意味では、あくまで見習いであるインターンが職場の「仲間」として認識されていることがよくわかります。これは「縦社会」の日本ではなかなか難しいことなのではないでしょうか。
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<苦労の数々> 第一の苦労はやはり英語です。電話応対をしても、時には全く分かり合えないこともありました。会議に出席して上司に会議の要点をまとめて提出するよう言われても、うまくまとめられず上司をがっかりさせたこともありました。職場の人びとは皆とても協力的ですが、学校の先生ではありません。こちらの間違いを直してくれる事もなければ、「何を言いたがっているのだろう?」とこちらの言いたい事を引き出してくれることもありません。「仲間」はあくまで「対等」な関係ですから、自分が職場の仲間と「対等」でいられるだけの努力と心構えが必要だと思います。
またアメリカでは特に、黙っていれば意見がないのだ、とみなされます。ですから業務上困難なことがあれば即座に上司に相談する事が必要です。黙っていては、その問題は永遠に解決されないと思って間違いないでしょう。
そして最大の苦労は「ただ働き」という現実です。社会での経験がある人は特にそうですが、紛いなりにも「働いて」いるのにその報酬がないという現実は想像するよりも遥かに厳しいものです。外国で一人生活するわけですから、生活費を中心に相当のお金がかかります。日本であれば働けばお金を得られるところ、アメリカでのインターン生活においてはお金を「払って」働かせてもらうということになります。この現実をしっかり認識しておくこと、それを踏まえて自分がインターンの経験により体得したいものをクリアにしておくことが重要だと思います。
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<成果> 上記のような驚きや苦労の先には当然大きな成果もあります。第一にはやはりコミュニケーション能力。語学力は勿論のこと、不十分な英語を使っていかにコミュニケートするかというところから、コミュニケーション力が高まります。そして困難な状況を幾度も乗り越えることで得られる自信。これも大きな成果の一つです。重要な会議や大きなカンファレンスに出席させてくれる、責任のある仕事を与えてくれる上司の期待と、不十分な語学力と異文化理解という困難な現実との狭間で、自分がここまでできたと思えることがやはり大事なのではないでしょうか。
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●総評 今回のインターンとしての経験は私にとってかけがいのないものとなりました。将来はアメリカでキャリアを積んでいきたいと思っています。そのため、現在は米大学院の進学の準備をしております。専攻分野は、結果的に今回経験したインターンシップとは異なるものとなりましたが、自分がこれから生涯を通じてやっていきたいものを見つけられたのはこのインターンシップの経験を通じて以外にありません。
アメリカという国はご存知の通り多人種・多民族が共生している国です。エネルギーのぶつかり合いによりつねに新しいアイディアが生み出され、試行錯誤を続けて成長し続けている国です。そこは同時に、外国人・異文化人を寛容に受け入れ、あなたを「仲間」とみなしてくれる社会であると思います。IEBTの拠点であるワシントンDCは国連機関等も数多く有するアメリカ一の国際都市であり、そういった性格がより強く表れている場所でもあると思います。
また、DCはご存知の通り政治の要でありますから、要人も沢山住む場所であります。同時にアメリカでも有数のスラムを持っていることも事実です。アメリカの根本姿勢である自由主義・個人主義が生み出す厳しい階級社会という現実。これは日本に住む私たちの想像を遥かに越えて厳しい現実です。
そのようにアメリカという国の性格が色濃く現れるワシントンDCでの生活は、私に多くのものを考えさせ、学ばせてくれたと思います。
またKYさんをはじめ、現地スタッフのサポートは非常に大きく、不甲斐ない私の最高の相談相手としていつも支えて頂きました。ビジネスの利害を超えて「情」で繋がるスタッフとの関係は、今では私の大きな財産にもなっています。もちろん、人の評価は一様ではありませんが、私はこのプログラムを選んで本当によかったと思っています。スタッフの皆さん、有難うございました。
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(後日談) KYさん いかがおすごしでしょうか?東京の桜も今年は見ものだったと聞いておりますが、お花見などには出向かれましたか?
突然ですが、ご報告させていただきたいことがございます。 この度米国University of Wisconsin-Madison
Department of East Asian Languages & Literature のMasterコースへのadmissionをいただきました。
Art Managementの分野で頑張ってみたいと考えておりました私ですが、オーケストラでのインターンシップの経験、またDCでの様々な人たちとの出会いを通じ、クラッシク音楽という日本人にとっては外来のものを日本においてpromoteするのではなく、自分の身のうちから出てくるもの、つまり日本語・日本文化をアメリカにおいてpromoteしていければどんなに素晴らしいだろう、と考えたのがきっかけでした。将来はアメリカの大学で日本語・日本文化を教えたいと思っています。
まだDCにいる頃、Ulaにも相談を持ちかけたところ彼女も賛成・応援してくれました。 University
of Wisconsin-Madisonは難関校でもありましたので、今年の入学はだめかもと半ば諦めていたのですが、昨日Facultyからメールがあり合格を知らされたというわけです。
その上、TAといって1日1時間学部生に日本語を教えることにより、授業料免除・健康保険の学校負担・月々生活していただけるだけの給料がでるという好待遇です。
修士を出た後、そのまま博士に進むかどうかはまだまだわかりませんが、博士に進まないとしても当分の間はアメリカで生活することになると思います。
今回、KYさんやUla、そしてIEBTの参加者たちと出会ってなければこのような一歩を踏み出すことができていなかったと思います。なかでもKYさんには出発前から色々とお世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。
今後とも、色々なかたちでお世話になることがあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします。 それでは取り急ぎご報告まで。
(追伸) 帰国後TOEFL・TOEICを受験しましたところ、やはり点数がUPしていました。 TOEFLが出国前227点から帰国後263点(大学院のrequirementは250点が相
場)TOEICが出国前860点から帰国後925点 という結果でした。 6月には英検1級の受験を予定しています!ここまでやれば、一応英語に関しても
「頑張ってきた」と言えるような気がしています。それでもこれは日本でのお話。実 際向こうの大学院で勉強するとなるとこんな英語力では何もならないわけですが、そ
れは新たなチャレンジとしてまた楽しみにしています。
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